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秋景色 ~明治神宮外苑の銀杏並木②~

前回に引き続き明治神宮外苑のイチョウ並木をご紹介します。またまた「黄」一色となります…。

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↓↓おだやかな朝陽がさしこんで、とても心地よい散策ができました。
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秋景色 ~明治神宮外苑の銀杏並木①~

今回は明治神宮外苑のイチョウ並木をご紹介します。

明治神宮外苑のイチョウ並木について…
青山通りから聖徳記念絵画館までの約300メートルの大通り沿いに「イチョウ並木」があります。この並木は神宮外苑が完成した時に植えられたもので、黄葉の時期には都内はもちろん、関東を中心に全国から見物客が訪れます。また、毎年、イチョウの黄葉に合わせて11月中旬から12月中旬にかけて、「神宮外苑いちょう祭り」が開催され、多くの出店と見物客でにぎわいます。今年は、11月14日(土)~12月13日(日)まで開催されています。

…ということで、今回は「黄」一色です。

The Outer Garden of The Meiji-jingu Shrine
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↓↓正面の建物が「聖徳記念絵画館」です。ちなみに歩行者天国ではありません(笑)。
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秋景色 ~平林寺②~

前回からの続きです。

↓↓地面に広がった黄葉がきれいでした。
Heirinji②1

↓↓人出は少ないように見えますが、すごいカメラマンの数でした…。
Heirinji②2


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秋景色 ~平林寺①~

夏に出かけた平林寺(埼玉県新座市)を先日再訪しました。到着したのは、平日の午後3時過ぎごろだったのですが、そこは関東では紅葉で有名な平林寺のこと、予想どおり、大勢の見物客で混雑していました…(汗)。そのため、なかなか思うような写真は撮れませんでした(泣)。それでも、見事な紅葉を見ながらの境内散策は、ひんやりとした空気の中、とても楽しむことができました。

Heirinji Temple in Saitama pref.
Heirinji3

↓↓境内に入ってすぐのところですが、大勢のカメラマンたちで混雑していました。
Heirinji


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思い出ばなし(前編)

ご訪問いただき、誠にありがとうございます。
今日は…オーストラリア旅行の写真を掘り出してみました(汗)。困ったときのオーストラリアで…。
とはいえ、以前それなりにご紹介させていただいたもので、大した写真は出てきませんでしたけれど…(泣)。

Australia2
※Gold Coast Q1展望台 (Queensland Number One Deck)から。こうやって見ると高いですね~。

Australia3
※Gold Coastの街で。

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Message

message
晩秋の冷えた早朝、いつもの散歩道で。

We make a living by what we get,
but we make a life by what we give.
我々は手に入れられるもので生活をするが、
人生は我々が与えるものによって成るのだ。

Winston Churchill(ウィンストン チャーチル) の言葉です。…哲学ですね。

Message

fall

The key to success is never quit.
成功へのカギは、絶対にあきらめないこと。

夕方、気分転換に公園に出かけました。悲しいくらいに落ち葉がありました。
この落ち葉は花開く季節を迎えるための礎。華やかさの陰にある大きな力。

旧芝離宮恩賜庭園(国の名勝)

今回は、東京都港区海岸にある「旧芝離宮恩賜庭園」のご紹介です。前回の「浜離宮恩賜庭園」に比べると、かなり面積は狭いのですが、緑豊かな典型的「回遊式泉水庭園」で、とても癒される散策空間です。また、旧芝離宮恩賜庭園は小石川後楽園とともに、今に残る最も古い大名庭園のひとつでもあります。

★旧芝離宮恩賜庭園とは…(以下、旧芝離宮恩賜庭園のリーフレットよりの抜粋です。)
旧芝離宮恩賜庭園のあるこの地は、かつて海面でしたが、明暦の頃(1655-1658)に埋め立てられ、延宝6年(1678)に老中・大久保忠朝の邸地となりました。忠朝は上屋敷を建てる際に、藩地の小田原から庭師を呼び寄せて作庭し、これを「楽壽園」と命名しました。
その後、数氏を経て、幕末には紀州徳川家の芝御屋敷となりました。明治4年(1871)年に有栖川宮家のものになりましたが、同8年(1875)に宮内省がこれを買い上げ、翌年に芝離宮となりました。大正12年(1923)の関東大震災によって、建物と樹木のほとんどが焼失しましたが、翌13年(1924)1月、昭和天皇の御成婚記念として東京市(都)に下賜され、庭園の復旧と整備を施して、同年4月に一般に公開されました。昭和54年(1979)に国の名勝に指定されいます。

・開園時間:午前9時~午後5時(入園は午後4時30分まで)
・休園日:年末年始(12/29-1/3)   ・入園料:一般150円
★アクセス:JR「浜松町」駅北口から徒歩約1分、地下鉄各線「大門」駅から徒歩約5分、など

↓↓雪吊りを施された松の木です。
Shiba-rikyu

↓↓海水取入口跡です。かつての「潮入りの池」も現在では「淡水」の池となっています。
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Message

city

My best friend is the one who brings out the best in me.  - Henry Ford
私の一番の友とは、 私のベストを引き出してくれる人である。  [ヘンリー・フォード]


このことに気づかずにいることが、その人にとっての一番の損失なのかもしれません。
見かけや感情に流されず、真実を見ること…僕らが最も苦手とすることなのかな…。

Message

fallen leaves

The sun will always shine on you.
太陽はいつでも、あなたを照らしています。

よく見聞きする言葉ですが、とてもいい言葉だと思います。
どんなときも空を見上げると、ほら、元気が出てきませんか?

朝の散歩道 ~秋の街編

久しぶりに早朝の散歩に出かけました。いつもの山畑のほうではなく、これまた久しぶりに街のほうへ出かけました。残念ながら、うす曇で朝陽は見ることができませんでしたが、秋の装いの街がちょっときれいだったので、そこらじゅうで撮ってきました(笑)。ということで、今回は予定を変更いたしました…すみません。

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浜離宮恩賜庭園(旧浜離宮庭園)

朝晩はすっかり秋らしくなってきましたね。それでも埼玉では、陽の射す日中は気温も上がり、本格的な秋にはもう少しというところです。

さて、今回僕が訪ねたのは東京都中央区にある「浜離宮恩賜庭園(旧浜離宮庭園)」(国の特別名勝及び特別史跡)です。訪ねた日は天気もよく、気温も順調にあがり、園内には、まだまだ樹木の緑の濃い景色が広がっていました。

★浜離宮恩賜庭園とは…(以下、リーフレットからの抜粋です。)
海水を引き入れた潮入りの池と、ふたつの鴨場を伝え、江戸時代には、江戸城の「出城」としての機能を果たしていた徳川将軍家の庭園です。承応3(1654)年、徳川将軍家の鷹狩場に、四代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重が、海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てました。その後、綱重の子、綱豊(家宣)が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、「浜御殿」と呼ばれるようになりました。以来、歴代将軍によって幾度かの造園と改修工事が行われ、十一代将軍家斉の時代には、ほぼ現在の姿の庭園が完成しました。明治維新ののちは皇室の離宮となり、名称を「浜離宮」と変えました。関東大震災や戦災によって、御茶屋など数々の建造物や樹木が損傷し、往時の面影はなくなりましたが、昭和20(1945)年11月3日、東京都に下賜され、整備ののちに昭和21(1946)年4月から公開されました。その後、昭和27(1952)年11月22日に国の特別名称及び特別史跡に指定されました。

・回遊式築山泉水庭(池泉廻遊式庭園)  ・入園料:一般 300円    
・休園日:年末年始(12/29-1/1)  ・開園時間:午前9時~午後5時(入園は午後4時30分まで) 

★アクセス:(庭園の大手門口まで)都営大江戸線「汐溜」「築地市場」駅下車、徒歩約7分。または、ゆりかもめ「汐溜」駅下車、徒歩約7分。JR、地下鉄各線「新橋」駅からなら徒歩約12分。
※浜離宮恩賜庭園には他に「中の御門口」もあります。こちらは、都営大江戸線、ゆりかもめ「汐溜」駅から徒歩約5分、JR「浜松町」駅からなら徒歩約15分です。

↓↓これまでの庭園同様、都会のオアシス的な存在となっています。
Hamarikyu2

↓↓園内では、少ないながらも色づき始めた木々を見かけました。
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Message

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There is nothing either good or bad, but thinking makes it so. - William Shakespeare
良いとか悪いとかいうことはない、考えがそれをそのように作るのだ。[ウィリアム シェイクスピア]

いつもの散歩道にある雑木林で見つけた秋です。立ち止まる人は、ほんとどいないけれど、
とても誇らしげに見えました。忘れていた大切なものを教えてくれたような気がしています。

Message

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Difficulties strengthen the mind, as labor does the body.  -Seneca
困難は心を強くします。労働が肉体を強くするように。 [セネカ:古代哲学者]

秋の夕暮れは、どことなく切ない雰囲気が漂いますね。
イチョウの葉が風に舞う瞬間、意味もなく泣けてきます。

護国寺② ~神齢山 悉地院 護國寺~(東京都)

日付が変わってしまいましたが(すみません)…前回からの続きでございます。

↓↓まずは「月光殿」です。大津三井寺の塔頭、日光院客殿を移築したものだそうです。
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↓↓1本だけ黄金色に色づき始めていた境内の大きなイチョウの木。
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護国寺① ~神齢山 悉地院 護國寺~(東京都)

今回ご紹介するのは「護国寺(ごこくじ)」です。護国寺(東京都文京区)は、正式には「神齢山 悉地院 護國寺」といい、真言宗豊山派大本山です。

★護国寺について…(以下は、護国寺ホームページ等からの抜粋です)
創建は天和元年二月(1681年)、五代将軍徳川綱吉公が、その生母、桂昌院の発願により、上野国(群馬県)碓氷八幡宮の別当、大聖護国寺の亮賢僧正を招き開山とし、幕府所属の高田薬園の地を賜い、堂宇を建立し、桂昌院念持仏の天然琥珀如意輪観世音菩薩像を本尊とし、号を神齢山悉地院護国寺と称し、寺領三百石を賜ったことに始まる。翌二年、堂宇は完成した(観音堂の完成は1697年)。近代以降は宮家の墓所(豊島岡墓地)が造られた。これは明治二年(1873年)、明治天皇の皇子の死去を機に護国寺境内の東半分が皇族墓地とされたものである。
明治十六年、大正十五年と火災で堂宇の多くを失ったが、観音堂(本堂)は元禄以来の姿を変えず、また、近江三井寺より移築された月光殿(重文)は桃山期の建築美を今に伝えている。その他、薬師堂、大師堂、多宝塔、忠霊堂や創建当時のものと伝えられる仁王門、惣門。そして中門と多くの堂宇が保存、または再建されている。また、元禄文化の粋を集めた書画・什器の他、国宝、重要文化財等の数多くが寺宝とされている。

★アクセス:地下鉄有楽町線護国寺駅下車すぐ。護国寺方面出口は護国寺前につながっています。

↓↓まずは「仁王門」が出迎えてくれます。
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↓↓仁王門を過ぎると…とても落ち着いた雰囲気の境内が広がっています。
Gokokuji6


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